足立区の庚申塔――23区内で168基が今も残る理由
足立区は、文化財として154件・168基の庚申塔(こうしんとう)を登録しています。
23区の中でも、この数はとくに多い部類に入ります。
まず数字を正確に
足立区の文化財ページによると、154件・168基が登録されています。
154件 … 登録されている「案件」の数(複数基まとめて1件になることがある)
168基 … 実際の塔の総数
件数と基数がずれるのは、 1か所に複数基がまとまって残っている場所があるからです(後述)。
注意しておきたいことがあります。
庚申塔は日本にどれくらいあるのかで書いたとおり、 登録数がそのまま「実数」を意味するわけではありません。
登録が進んでいる区 = 記録された数が多い
↑
これが「実際に多い」と同じとは限らない
それでも、足立区の記録の厚さ自体は事実です。 これだけの数を個別に把握し、公開している区は多くありません。
実例で見る
元和九年銘庚申塔――23区最古とされるもの
元和9年(1623年)に建てられたとされ、 東京23区の中では最古の庚申塔とされています。
江戸時代に入ってすぐの造立です。 → 庚申塔はいつから建てられたかで触れたとおり、 造立が本格化するのは江戸中期以降なので、これはかなり早い部類に入ります。
小台の七庚申――7基がまとまって残る
承応3年(1654年)から元文元年(1736年)にかけて、 7基がまとまって残っています。
・80年以上にわたって、同じ場所に建て足されていった
・1基だけでなく「群」として見ると、時代ごとの変化が読める
1か所で複数の年代を見比べられるのは珍しいことです。
来迎寺の庚申塔四基――47年間の記録
来迎寺には、寛文6年(1666年)・天和2年(1682年)・ 元禄4年(1691年)・正徳3年(1713年)の4基が残っています。
同じ寺に、47年間かけて4基が建てられたことになります。
→ 庚申講を3年18回続けた記念に建てる、という型を 何度も繰り返した記録と見ることができます。
板碑型阿弥陀三尊種子庚申塔――文字塔の例
承応2年(1653年)造立で、図像ではなく種子(梵字)で 阿弥陀三尊を表した塔です。
青面金剛を彫る図像塔とは別系統に分類されます。
同じ「庚申塔」でも、彫られているものが違うことが分かります。
なぜ足立区にこれだけ残っているのか
断定できることと、できないことを分けます。
◎ 言えること:足立区は文化財の把握・公開が厚い区である
✕ 言えないこと:他区より実際に多く建てられた、ということ
「記録が厚いから多く見える」可能性を、常に頭に置いておく必要があります。
これは庚申塔が多い地域と、その理由で書いた注意と同じです。
他区(板橋区・北区・台東区など)にも、 それぞれの文化財ページに独自の一覧があります。
自分の街を調べるときは、 まずその区市町村の文化財ページを見るのが確実です。
見に行くときに
足立区内の庚申塔の多くは、 寺社の境内や、住宅街の中の小さな祠にあります。
① 私有地に入らない
② 苔を落とそうとしない・触らない
③ 供え物を動かさない
④ 所在地を無責任に公開しない
まとめ
- 足立区は154件・168基の庚申塔を文化財として登録しています
- 元和九年銘庚申塔(1623年)は23区最古とされます
- 小台の七庚申は7基、来迎寺の庚申塔四基は47年間の記録
- 種子(梵字)で表した文字塔もあり、図像塔とは別系統です
- 登録数の多さは「記録の厚さ」であって「実数」を保証しません
- 見に行くなら私有地・触らない・供え物・所在地の公開に注意します