庚申信仰はどこから来たのか(道教と三尸説)
庚申信仰の起点は、中国の道教にあるとされています。
日本の道端に立つ庚申塔(こうしんとう)が、もとをたどると別の国の思想に行き着きます。
出発点:三尸説
人の体の中に3匹の虫がいる、という考え方です。
三尸(さんし)
・人が生まれたときから体内にいる
・[庚申の日](/koushin-no-hi/)の夜、眠っている間に体を抜け出す
・天の神にその人の罪過を報告する
・報告されると寿命が縮む
→ だから、その夜は眠りません。
これが庚申待です。
→ 三尸の虫とは何か
なぜ「庚申」の日なのか
干支は60通りある
→ 日にも順に割り当てられる
→ 「庚申」の日は60日に一度めぐる
十干の「庚」は金気、十二支の「申」も金気とされています。
同じ気が重なる日という位置づけが、 特別な日とされた理由の説明として挙げられます。
日本に入ってからの変化
元の形のまま定着したわけではありません。
① まず貴族層に入る
→ 記録に庚申待の記述が見られる
→ 夜通し起きて、詩歌・遊興をする形
② 仏教の尊格が重なる
→ [青面金剛](/shoumen-kongou/)が本尊になる
→ これは中国の道教には無い結びつき
③ 神道の神が重なる
→ [猿田彦](/sarutahiko/)
④ 民間に広がり、[庚申講](/koushinkou/)になる
→ 村の共同行事として定着
⑤ 石塔を建てる形が生まれる ← 庚申塔
②〜⑤は日本で起きた変化です。
「重層している」ということ
これがこの信仰のいちばんの特徴です。
道教 … 三尸説(骨格)
仏教 … 青面金剛・帝釈天(本尊)
神道 … 猿田彦(本尊)
民間 … [道祖神](/dousojin/)との融合・村の寄り合い
「どれか1つが本当の姿」ではありません。
全部が重なった状態が、庚申信仰の実態です。
だから本尊が一定しないし、 道祖神との区別が曖昧になる地域があります。
石塔にする発想はどこから来たか
三尸説そのものには「石塔を建てる」という要素はありません。
・石造物を建てる習慣は日本の中世〜近世に広がる
→ 板碑・供養塔・[月待塔](/nijuusanya/)・[馬頭観音](/batou/)
・庚申塔は、その流れの中に位置づけられる
「庚申信仰」と「石塔を建てる文化」は 別々に存在していて、近世に合流したという見方ができます。
調べるなら
民俗学・宗教史の分野に蓄積があります。
・庚申信仰の研究書
・博物館の常設展示解説
・自治体の民俗調査報告書
このサイトは「伝えられている説明」を紹介する立場を取ります。 確定した史実として断定していない箇所があります。
まとめ
- 起点は中国の道教の三尸説
- 三尸=体内の3匹の虫。庚申の日の夜に抜け出し、天に罪過を報告します
- だからその夜は眠りません。これが庚申待
- 「庚申」の日が特別なのは庚も申も金気という説明
- 日本での変化は5段階。貴族→仏教の尊格→神道の神→講→石塔
- **②〜⑤は日本で起きたこと。**青面金剛との結びつきは中国の道教にはありません
- 重層しているのが実態。「どれか1つが本当の姿」ではありません
- **三尸説に石塔を建てる要素はありません。**石造物の文化と近世に合流しました