庚申待とは──眠らずに過ごす夜

庚申塔(こうしんとう)を理解するには、まずこの行事を知る必要があります。

庚申待(こうしんまち)
 … 60日に一度めぐってくる【庚申の日】の夜に、
   集まって朝まで眠らずに過ごす行事

庚申塔は、この行事を営んだ記念に建てられた石塔です。


なぜ眠らないのか

三尸(さんし)の虫という考え方によります。

・人の体には三尸という虫がいる
・庚申の日の夜、人が眠ると体を抜け出す
・天に昇って、その人の罪を報告する
  ↓
眠らなければ、抜け出せない
  ↓
だから朝まで起きている

理屈が単純なので、行事として広まりやすかったと考えられます。


何をして過ごすのか

地域差が大きいですが、広く伝わっているのはこの形です。

① 講の家に集まる(持ち回りのことが多い)
② 本尊を掛ける(青面金剛の掛軸など)
③ 簡単な勤行をする
④ 飲食をともにする
⑤ 話をしながら夜を明かす
⑥ 夜が明けたら解散する

④⑤が実質的な中身だったと考えられます。

「宗教行事」であると同時に「集まりの機会」になっていました。


集まりとしての側面

ここが庚申待を理解する鍵だと思います。

・娯楽が少ない時代
・夜に人が集まる正当な口実になる
・飲食し、話す
・情報交換の場にもなる

「講」という仕組みが、この行事を支えていました(→ 庚申講)。

月待(二十三夜など)も同じ構造を持っています。 待つ対象が違うだけで、集まって夜を過ごすという形は共通しています。


なぜ石塔を建てるのか

行事を営んだ記念です。

・何度か(三年三ヶ月=18回とされることが多い)続けた記念
・供養のため
・講の存在を示すため

「三年三ヶ月」という区切りが広く伝わっています。

60日に一度 × 18回 ≒ 三年

ただし地域差がありますので、このサイトでは断定しません。


石塔に刻まれるもの

記念碑なので、記録が刻まれます。

・造立年(元号で書かれる → 年号を西暦に直す)
・講の名前
・参加した人の名前(十数名〜数十名のことがある)
・「庚申供養塔」などの文字

人名が刻まれているのは、これが記録だからです。

これが道祖神との決定的な違いです。 道祖神は「場所を守る神」なので、人名を刻む理由がありません。


いつ行われていたか

・江戸期に広く行われた
・庶民が石塔を建てられるようになった時代と重なる
・明治以降、次第に衰えた(→ いつ衰えたのか)

現在も庚申講を続けている地域があるとされますが、 数は大きく減っていると考えられます。

このサイトは推測で数を書きません(articles.md 方針④)。


「守庚申」「宵庚申」

関連する語を挙げておきます。

守庚申(しゅこうしん)… 庚申の夜を守る、という言い方
宵庚申(よいこうしん)… 庚申の夜そのもの

古い資料ではこちらの語が使われることがあります。


まとめ

  • 庚申待は60日に一度、集まって朝まで眠らずに過ごす行事
  • 理由は**三尸の虫に罪を報告させないため**
  • 中身は勤行と飲食・会話。「集まりの機会」としての側面が大きい
  • 背景にあるのは**「講」という仕組み**。月待も同じ構造
  • 何度か続けた記念に石塔を建てる(三年三ヶ月=18回とされることが多い)
  • 人名が刻まれるのは、これが記録だから。道祖神との決定的な違い
  • 江戸期に広く行われ、明治以降に衰えた

出典

台東区「庚申塔」(有形民俗文化財)
 「庚申の晩に徹夜をすれば、三尸は天に上って天帝に人の罪科を告げる事ができず、
  早死にを免れて長生きをすることができるのです」
 「庚申塔は、庚申待ちの行事を行った際に造立した石造物で、
  一般に3年間連続して行った後に立てたといわれています」
 https://www.city.taito.lg.jp/gakushu/shogaigakushu/shakaikyoiku/bunkazai/
 yuukeiminzokubunkaza/kousintou.html

上尾市「上尾市内の庚申塔(登録)」
 「人々はそれを防ぐために、庚申の夜には『講』で集まって徹夜する
  『庚申待』と呼ばれる行事を行いました」
 https://www.city.ageo.lg.jp/site/iinkai/064110111507.html

確認日:2026-08-26

「三年三ヶ月=18回」は、この2件では確認できていません。 広く言われている区切りとして書いています。

作法は地域差が大きいです。 手元の地域の形を知りたければ、市区町村の文化財担当課か郷土資料館が確実です。


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