三尸(さんし)の虫とは何か

庚申信仰は、この虫の話から始まります。

・人の体の中には【三尸】という3匹の虫がいる
・庚申(かのえさる)の日の夜、人が眠ると体を抜け出す
・天に昇って、その人が犯した罪を報告する
・報告されると、寿命が縮められる

だから庚申の夜は眠りません。 これが庚申待という行事になり、 その記念に建てられたのが**庚申塔(こうしんとう)**です。


道教から来た考え方

三尸は、中国の道教に由来すると説明されています。

・人の体に宿るとされた3つの存在
・上尸・中尸・下尸と呼び分けられることがある
・それぞれ体の別の部分にいるとされた

日本に伝わったのは、この考え方そのものです。

そして日本で、仏教や民間信仰と混ざりながら定着しました(→ どこから来たのか)。


なぜ「庚申の日」なのか

干支の組み合わせによります。

十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)× 十二支(子丑寅…)
    ↓
60通りの組み合わせができる
    ↓
「庚申(かのえさる)」は、その1つ
    ↓
60日に一度めぐってくる

この日に三尸が活動するとされていました(→ 庚申の日は60日に一度)。


「眠らなければ抜け出せない」

ここが行事の核心です。

三尸が抜け出すのは【眠っているあいだ】
  ↓
眠らなければ、抜け出せない
  ↓
庚申の夜は、朝まで起きて過ごす

単純な理屈になっています。

だから庚申待は「特別な儀式」というより、 「寝ないで過ごす」ことそのものが中身です。


三猿との関係

庚申塔に彫られる三猿は、この三尸と対応しています。

三尸がすること三猿が示すこと
人の罪を見ている見ざる
人の言動を聞いている聞かざる
天に報告する言わざる

「言わざる」がいちばん重要です。 告げ口をさせないという願いが形になっています。

これが「なぜ猿が3匹なのか」の説明でもあります。


「虫」という言い方

日本語の「虫」は、昆虫だけを指す語ではありませんでした。

・体の中にいて、人の心や体に影響を与えるもの
・「腹の虫がおさまらない」「虫の知らせ」の「虫」

三尸も、この系統の「虫」です。

現代の感覚で昆虫を想像すると、少しずれることになります。


罪を報告される、という発想

構造として見ると、興味深い点があります。

監視しているのは、外部の神ではなく【自分の体の中にいるもの】
  → 逃げられない
  → ただし「眠らなければ防げる」という抜け道がある

「防ぐ方法がある」という点が、行事として成立した理由だと考えられます。

逃れようのない罰なら、行事になりません。 対処法があるから、人が集まって実行しました。


現代に残っている痕跡

・庚申塔(全国に大量に残っている)
・「庚申」がつく地名・寺社の名前
・「宵庚申」「守庚申」といった語

三尸を信じている人がいまどれだけいるかは別の話です。 このサイトは信仰の有無を判定しません(articles.md 方針①)。

ただし、この考え方が石造物という形で全国に残っていることは事実です。


まとめ

  • 三尸は人の体の中にいるとされた3匹の虫
  • 庚申の夜に体を抜け出し、天に罪を報告するとされていました
  • 眠らなければ抜け出せません。だから徹夜します(=庚申待)
  • 由来は道教。日本で仏教・民間信仰と混ざりました
  • 三猿は三尸に対応しています。とくに**「言わざる」=報告させない**
  • 「虫」は昆虫のことではありません。体の中にいて影響を与えるもの
  • 防ぐ方法があったから、行事として成立しました

出典

このページの説明は、自治体の文化財資料に基づいています。

台東区「庚申塔」(有形民俗文化財)
 「三尸は人間の体内にいるという3体の精霊で、人間の罪科を監視し、
  庚申の晩に人が寝静まると体内から抜け出して天に上り、
  天帝にその人間が60日間に犯した罪科を報告します」
 https://www.city.taito.lg.jp/gakushu/shogaigakushu/shakaikyoiku/bunkazai/
 yuukeiminzokubunkaza/kousintou.html

上尾市「上尾市内の庚申塔(登録)」
 「その日の夜、人の体の中にいる三尸という虫が天帝の元に上がって
  その人の罪悪を報告し、寿命を縮めると考えられていました」
 https://www.city.ageo.lg.jp/site/iinkai/064110111507.html

確認日:2026-08-26

2件で「虫」と「精霊」という言い方が分かれています。

これは資料によって表現が違うところです。 このサイトでは「虫」と書いたうえで、昆虫のことではないと補いました(→ 上の「「虫」という言い方」)。

道教の原典までは遡っていません。 「道教に由来すると説明されている」という書き方をしているのは、そのためです。


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