三猿はなぜ彫られるのか──見ざる聞かざる言わざる

庚申塔(こうしんとう)でいちばん目を引くのが、下部に彫られた三匹の猿です。

・目を覆う猿(見ざる)
・耳を塞ぐ猿(聞かざる)
・口を押さえる猿(言わざる)

なぜ猿なのでしょうか。なぜこの3つなのでしょうか。


猿が結びついた理由

説明として広く伝わっているのは2つです。

① 「申(さる)」という字

庚申の「申」は、干支では猿にあたります。

庚申(かのえさる)
      ↑
    「申」=十二支の猿

音と字から猿が結びついた、という説明です。

字が先にあり、そこから意味が読み込まれた形です。 これは言葉ではよく起きることで、地名の当て字にも同じ現象があります。

② 猿が神の使いとされてきた

・山王信仰(日吉大社)では、猿が神の使いとされる
・庚申信仰と山王信仰が結びついたとする説明がある

どちらの説明も広く伝わっていますが、断定はできません。 このサイトは「そう説明されている」という形で書きます。


なぜ「見ざる聞かざる言わざる」なのか

ここが本題です。

庚申信仰の中心には、三尸(さんし)の虫 という考え方があります。

・人の体には三尸という虫がいる
・庚申の日の夜、眠っているあいだに体を抜け出す
・天に昇って、その人の罪を報告する
  ↓
だから庚申の夜は【眠らずに過ごす】(→ 庚申待)

三猿は、この「報告させない」という願いと結びついています。

見ざる … 罪を見ない
聞かざる … 罪を聞かない
言わざる … 罪を言わない(=天に報告しない)

「言わざる」がいちばん重要です。 告げ口をさせない、という願いが形になっています。


三尸との対応

整理するとこうなります。

三尸がすること三猿が示すこと
見る人の罪を見ている見ざる
聞く人の言動を聞いている聞かざる
言う天に報告する言わざる

三猿は、三尸への対抗の形として理解できます。

これが「なぜ3つなのか」の説明です。


一般的な意味との違い

現代では「見ざる聞かざる言わざる」は、 処世訓として使われることが多いです。

現代の使われ方 … 余計なことに関わらない、という戒め
庚申塔での意味 … 三尸に罪を報告させない、という願い

意味がずれています。

庚申塔の三猿は戒めではなく祈りです。 「自分がそうする」のではなく、「三尸にそうさせない」という向きです。


二猿・四猿もある

三匹とは限りません。

・二猿 … 2匹だけ彫られたもの
・四猿 … 4匹(「しざる」と読ませる例がある)
・一猿 … 1匹だけ
・猿が彫られていない庚申塔も多い(文字塔)

地域差・時代差が大きいです(→ 庚申塔の形と種類)。

「三猿がなければ庚申塔ではない」わけではありません。 ただし三猿があれば、ほぼ庚申塔とは言えます(→ 道祖神との違い)。


猿の姿にも差がある

現地で見比べると、彫り方に個性があります。

・並んで座っている
・互いに絡み合っている
・立っている
・猿が桃や幣を持っている例もある

これが庚申塔めぐりの面白さです。 同じ主題でも、造った石工と地域によって表現が違います(→ めぐりの始め方)。


まとめ

  • 猿が結びついたのは**「申」の字と猿が神の使いとされた**ことによります
  • 三猿は**三尸の虫に罪を報告させない**という願いの形
  • とくに**「言わざる」が中心**。告げ口をさせないという意味になります
  • 現代の処世訓としての意味とはずれています。戒めではなく祈り
  • 二猿・四猿・猿なしもあります。三匹とは限りません
  • 三猿があれば庚申塔ですが、無くても庚申塔ではあります

関連